Soren no tachiba. Detanto no hokani michi wa nai (The Sovjet viewpoint. No alternative to detente)
(1983)–Georgi Arbatov, Willem Oltmans– Auteursrechtelijk beschermd
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4 イデオロギーと人権 | |
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- モスクワと西側世界、特にアメリカとの関係で、イデオロギーはどんな役割を果たしているか。 A 社会体制が違う国々の間にイデオロギーの違いがあるという理由で、正常な政治関係を持てなくなるようなことがあってはならない、というのがわれわれの考えだ。同時に、共産党は、緊張緩和と国際協力を強く支持してはいるが、イデオロギーの違いが深刻だし、思想がぶつかり合うのは避けられないと考えている。 - この二つの考え方をどう調和させられるのか。 A 平和共存をめぐるレー二一ン主義の考え方の基本は、社会体制が相反する国々の平和な併存関係を想定していることである。この相反する社会体制は、経済構造も違えば、社会的な関係の性格、価値観、理想も異なっでいる。 今日の世界では、イデオロギーの影響というものは、そのイデオロギーが支配している地域だけにとどめておくことができるものではない。イデオロギーは地球的規摸で、また個々の国々のなかで、 | |
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絶えずぶつかり合っている。この当たり前の事実は、われわれが作り出したわけではないし、無視すべきでもない。多元主義の伝統を誇りにしているアメリカ人にとって、この点はきわめて明確なはずだ。 しかし、イデオロギー闘争が十字軍や魔女狩りに変質すると、たちまち紛争を起こしたり、紛争を悪化させたりする力を持つようになる。歴史には、この種の例が幾つも見られる。さらにもっと多い例は、イデオロギーや一般に理念が、食欲さや権力欲などこれとは無縁なものを契機とする行為をごまかすために用いられた場合である。 スベインのコンキスタドール〔一六世紀メキシロやベルーなどを征服したスペイン人〕が救世主を自認したのは、その一つの例だろう。 イデオロギーやプロパガンダはまた、特定の政策、特にほかの社会を転覆したり、弱体化させたりするための政策の手段として用いられる場合もあるかもしれない。これは戦争の時にも平和の時にもあてはまる。冷戦はその好例であり、冷戦特有のイデナロギー闘争はそのものずばり「心理戦争」と呼ばれた。 われわれの考えでは、この種のプロパガンダは緊張緩和や平和共存とは相いれないし、国家間の関係を損なうだけだ。 - そうしたプロパガングは深刻な脅威をもたらすのか。 A もちろんそうだ。これは私だけの意見ではない。国際法は、ある種のプロパガンダを禁止、または制限している。そうした国際協定はかなりある。 その一例は、米ソ国交樹立の正式の基礎となったルーズベルト=リトビノフ書簡であり、これについてはすでに触れた。 |
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